手元にこのカメラはないので、ネット上の資料を集めて紹介しておく。

各国ともライカコピーを沢山つくっていたが、中国にもバルナックライカのコピーである、上海 58-I 型(Shanghai 58-I)、58-II 型(Shanghai 58-II)の2機種、及び、M型ライカのコピーである、紅旗 20型 (Red Flag 20)があった。

上海 58-I 型は1958年1月、設立したばかりの上海照相機工場において生産された。名称の58は1958年の意味だ。また、このカメラは1938年製 Leica IIIb のデッドコピーだった。

製造年 1958~59年。製造数 1198台。公に販売していなかった。距離計に問題あり、間もなく58-IIに改良された。

シャッター 1~1000, B, T。沈銅式標準レンズ 50mm F3.5 テッサー型付。他のレンズはつくっていなかった。

偽上海 58-I がロシアで作られている情報があり、eBay辺りでの買い物にご注意を。

下の写真はネット上にあるもの。真偽の確認はできていない。

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下の写真は上海照相機工場の公式Webサイトにあったもの。本物の可能性は非常に高い。

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下の写真はライカコピーを扱う書籍の一ページ。上の2枚と微妙に異なる。

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下の写真は手持ち資料のコピー。シリアルナンバー 000003。試作機の一台だそうだ。

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中国の建国60周年に合わせ、手持ちの中国製カメラの代表機種2台を披露したい。

まずは、Rolleiflexのコピーである、二眼レフ(TLR 6×6)カメラ 海鴎(Seagull 4A)。中国では80年代までのカメラといえば、国産ではこのカメラを指すぐらい、代表的な機種であった(というよりも、ほかのカメラは技術的に大量に作れなかったのだろう)。自分が香港で、珍しさに釣られて1台目を購入したが、間もなく故障してゴミとして処分する羽目になった。いまのこの2台目は友人からのプレゼント。まだ完動のようだが、故障の多い機種であった。

いまでも後継機種が中国で製造されている。世界では新品で買える唯一の二眼レフになっているのかもしれない。

上海照相機工場製。4A-I 型。120フィルム使用。撮影レンズ HAIOU-31 75mm F3.5、Tessar型。ビューレンズ75mm F2.8。両レンズともコーティング有。シャッター B, 1~300、セルフタイマ付、X シンクロ付。セルフコッキング。

レンズ周りのメタルプレートはブラックペイントではないところが良い。

取扱書(PDFファイル)。

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ぼろぼろ外観の初代2眼レフカメラ Rolleicord art deco (日本では俗に言う金ピカコード、1933年~1936年製造、生産数 32508台)だが、形見として大事に保管している。

このカメラ、当時の中国お金持ちのために出荷されたものと推測する。本体右側のピントノブに、右から左へ(いまの中国では横書は左から右へに変わった)と「徳国製」と書いてあるのがその証拠。その上と下にもドイツ語が書かれているが、なかなか判別できない。また、ネット上の写真を見る限り、巻き上げノブに書いてある、「Made in Germany」刻印も珍しいものかもしれない。

つまり、30年代の中国富裕層のために、中国語で刻印して出荷したカメラだった。第2次世界大戦が始まると、ドイツとは敵対関係になったので、公な輸入はできなくなったはず。なお、「日本向け出荷」に類似する意味の刻印はドイツ製カメラに歴史上なかったと思う。

撮影レンズがTriotar 7.5cm F4.5 Carl Zeiss Jena製、シャッターが Compur 1/300秒、など、レンズキャップを含め、すべて当時の純正部品であることも良い。ほかには写真に映ってないが、ぼろぼろのオリジナル革ケースも付いている。

現状ではシャッターは完動、レンズにはカビや傷がなく、撮影可能だが、デジカメ時代では勿論死蔵品にしかならない。たまにシャッターを切って動かしてはいる。

故人が中古で入手したらしい。ローライフレックスではなく、このコードを選んだ理由は恐らく経済的なことからだろう。中古とはいえ、優に数年分以上の給料であったはずだし、話を聞くと印税まで使ったとか。当時の中国では、35mmフィルムだと自家現像できず、120フィルムを使うコードは最適な選択肢だっただろう。

それにしても選び方は素晴らしかった。当時の状況はどうだったのかは分からないが、カビ・傷・コーティングなしのレンズ、最も整備しやすいシャッターなど、長期に渡って使えるカメラを選んだわけだ。なによりもこの「徳国製」刻印、ライカやコンタックスにもあったが、ドイツ製カメラ史上でも数少なかったはず。

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市場ではフィルムカメラはゴミ化されているので、自分の持ち物が気になってきた。

現状では、ニコンカメラについて、未使用品以外に、MFの Nikon F3 と AFの Nikon F80、計2台を持っている。必要最小限のつもりだけど、それでも多いと言われそう。

F100の中古価格が安いので、F80をF100に切り替えることを考えてしまった。いや、いっそうのこと、F5にするのも一案。でもあのデカさ、重さ、嫌だったけどな。F100に留めるべきかな。贅沢な悩みは暫く続きそう。

何十万円もするスイス時計に比べて、カメラユーザは本当に幸せ。でも結局のところ、日本メーカーや販売店って販売下手なんだよね。F5辺りのものが作れるのはニコンかキヤノンしかいないので、価格の高値維持はいくらでもできそうな気がする。5万円じゃ、いくらなんでも冒涜だよね?ライカのM3~M8、良品が5万円になったことは聞かないし、生産量の違いはあるにせよ、その格差は大きすぎる。

デジカメになれば、ゴミ化ペースはさらに激しい。いままで生産されたデジカメに数十年後に残れるものはあるのだろうか。

そう考えれば、クォーツ時計や、電子カメラ等、電子化された製品すべては、後世にとって、ゴミでしかなかったのか。良い話ではない。

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自分もこの数年、フィルムカメラを一度も使ったことはなかった。現状でも、中古市場では、フィルムカメラ(銀塩カメラ)の価格は暴落している。

かつての最高級一眼レフカメラ Nikon F5(当時の販売価格30万円強)でさえ5万円前後で程度の良いものが買えるのだ。暇なので、中古カメラ屋 Map Camera さんの現時点のプライスリストから、ニコンの代表的な一眼レフカメラをピックアップしておく。すべては良品という状態のもの。

 Nikon F eyelevel ¥69,800
 Nikon F2 eyelevel ¥69,800
 Nikon F3 ¥39,800
 Nikon F3 HP ¥39,800
 Nikon F4S ¥29,800
 Nikon F5 ¥52,800
 Nikon EM ¥17,800
 Nikon FE2 ¥23,800
 Nikon New FM2 ¥39,800
 Nikon FM3A ¥69,800
 Nikon F100 ¥29,800

使い倒すという気持ちで、Nikon F5 や F100 を手に入れて写真の楽しみを覚えると良いよ。デジカメが便利だが、写真の勉強には却ってフィルムカメラのほうが良い。値段も圧倒的に安い。

自分として狙っているのは、一眼レフカメラ用レンズ。とくに生産中止になったもの。将来、フルサイズデジ一が10万台で買える時代になれば、これらのレンズはまた活躍の場を迎え、人気になるだろう。

とくに単焦点レンズは比較的整備しやすく、長持ちになれる。暴落を尻目に、じっくりと程度の良い単焦点レンズを手に入れてみたい。購入したら、すぐにメーカーのサービスセンターに出してOHして頂こう。

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私も含め、ほとんどのひとにとって、

デジタル一眼カメラ=デジタル一眼レフカメラ

のはず。だから、平気でデジ一とかの略語を使っている。

でも、パナソニック社のGシリーズ3機種、オリンパス社のE-P1というデジカメの出現によって、

デジタル一眼カメラ=レンズ交換可能なデジタルカメラ

に変わってしまった。恐ろしいというか、困ったというか、言葉の定義の重要性に気付かせてくれた。

しかし、不思議なことに、パナソニック社もオリンパス社も、デジタル一眼カメラとはなにかについて、まったく定義しようとしない。

フィルムカメラの時代、レンズ交換可能なコンパクトカメラはいくらでもあった。将来、デジカメにもレンズ交換可能な機種が沢山増えるはず。原理的に、いま発売されている数多くのデジカメをレンズ交換式に変えるのは難しくないだろう。それらを全部デジタル一眼カメラと呼ぶのか。

レンズ交換可能なコンパクトデジタルカメラ、分かりやすい言葉があるのに、なぜ、わざわざデジタル一眼カメラ、混同しやすい名前にしたのか。

Panasonic USA社の 公式Webサイト ではどう書いてあるのか。調べてみたら、

Lumix Digital Interchangeable Lens Cameras

との書きかたになっている。漢字を使う中国ではどうかというと、中国語でも、

可更???数?相机

となっている。米国でも中国でも、デジタル一眼カメラとは言わず、レンズ交換式デジカメと説明しているようだ。

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ジャンクコーナーからFMチューナーを救出してきた。最低条件は外観がブラックであること。できればPLLシンセサイザーチューナーであってほしい。これらの条件を見事にクリア。

機種はオンキヨー Integra T-445GX。1989年頃の発売。20年前か。詳細なスペックは以下にある。
http://www.audio-heritage.jp/ONKYO/tuner/integrat-445xg.html

オンキヨーは生き残った音響機器メーカのひとつ。PCメーカソーテックを吸収合併したなど、音響のデジタル化に積極的だ。

帰宅してケースを開け、内部を一通り目視検査した。とくに電源ケーブルや変圧器付近。そして恐れ恐れ通電した。変なにおいや火花がなく、ひと安心。操作ボタンを弄ってみたら、ちゃんと機能しているようだ。ラッキー。

市内の電波タワーとの直線上にあるのか、とにかくFM電波が室内でも強いことはラジオで分かっていたので、半田付けして、付属のAMループアンテナをFM用に転用した。AMは聞くことないし。

テレビラックの寂しい右半分はこれで埋まって大満足。

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整理してたら、旧いものが出るわ出るわ。ここ数年使ってはないけど、捨てられない。死ぬ時に一緒にお墓入りというやつ。

自作機の一部。ほとんど測定器類だけど、実際にこれらを利用してさらになにかを作った記憶はあまりない。唯一作って実用的になったのは、後に長年大事に使ってきたアンプ。それでもスピーカは処分したので、アンプもゴミにしかならなくなった。

いまの子供と違って、高校1年までは遊び放題の毎日だった。模型を作ったり、ラジオを作ったり。模型は木を削ってつくるので大変だった。スーパヘテロダイン方式の6石ラジオ回路図を記憶に頼りに、試験に完璧に書いて、先生を驚かせたことがあった。当時のラジオ製作は、いまのように部品入りのセットを買ってきて半田付けして終わりという優しいものではない。化学薬品FeCl3(有毒)を買ってきて、銅箔基板を溶かし、基板まで自作しなければいけなかった時代だった。電子部品も勿論すべてひとつひとつお店から購入しなければいけなかった。貧乏だったので、スペックに合格しない格安のトランジスタ(中国語では等外品)を購入するしかなかった。それでも正直に言って、ラジオ作りの技術は先生を超えてただろう。原理とかはよく分からなかったけど。それが後ほど自分を大学に行かせた原動力のようなもの。

オシロスコープまで個人所有していたところがやはりふつうの人とは違ってたかな。

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若い頃の記憶を懐かしく思う年代になったのかな、昔の真空管ラジオに急に興味を覚え始めた。

大学では電気電子が専攻だったが、工作に真空管に触ったことはなかった。トランジスタラジオなら自作したことはあったし、自作の測定器やアンプはまだ現役で動いている。

さて、メモ程度でヤフオクから落札したドデカイ真空管ラジオを書いておく。

<モデル>
 日本コロンビア WIRING DIAGRAM MODEL 1005
 トランス付、MT(ミニチュア)管、6球スーパーヘテロダイン方式
 受信周波数 2バンド AM、SW
 サイズ 50×20×高さ32㎝。大きすぎ!

<使用真空管>
 6BE6(周波数変換)
 6BA6(中間周波数増幅)
 6AV6(検波&低周波増幅)
 6AR5(電力増幅)
 5M-K9(整流)
 6Z-E1(同調指示)(マジックアイはまだ輝度が明るい)

<外観>
  ベニア板の木箱にキズ等数箇所あり、綺麗に補修したいところ。なるべくオリジナルのままでいく方針だけど。つまみはすべてオリジナルのままで、良かった。

<回路>
 回路図が裏ふたに張ってあるが、破損箇所あり。暇あれば、破損箇所を推測し、書き残したいところ。

<現状>
 測定器はまだ使ってないが、外部アンテナをつけると、マジックアイは完全に閉じられ、感度に問題はなさそう。AMもSWも全周波数に渡って受信OK。
 周波数指示は右側までには完全に行かず、調整要。
 音は綺麗。Toneの調整もOK。

<今後の予定>
 ペーパーコンデンサやオイルコンデンサ、電解コンデンサの交換。
 周波数指示の調整
 予備真空管の確保

<欲しい>
 欲をいえば、スピーカが大きく、サイズが小さく、左右対称、3バンドの6球スーパーが欲しい。心の中では、若頃家にあったものが一番格好いいと思っている。

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記憶に生きる

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ロータリーシャッターを搭載したハーフサイズカメラ。アメリカ製。

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—- Universal Mercury II (Model CX) —-
ユニバーサル社 マーキュリー II

1946年に製造開始されたハーフサイズカメラ。つまり、フィルム1枚のサイズはふつうのライカ判(24x36mm)の約半分(24x19mm)しかない。だから、例えば36枚撮りの市販フィルムを使うと65枚まで撮影できる。とても経済的。ハーフサイズカメラとして有名なのが国産オリンパス社の一眼レフカメラ Pen F シリーズだが、こちらは遥か昔の先輩。

このモデルの前身に、戦前1938年発売の Mercury I (Model CC) もあった。I 型が特別なフィルムカートリッジを使用するのに対して、こちらの II 型では、現在市販中の 35mmフィルムを使用するので、フィルムに困ることはない。

独特なスタイルは見る者を引き付ける。まず目に付くのは、トップカバーにある扇型のでっぱり。このカメラには、回転するロータリーエンジン、ではなく、ロータリーシャッターを搭載しているから。オリンパスの Pen F もロータリーシャッターなので、偶然の一致なのだろうか。

カメラの正面に、巻き上げノブとシャッタースピードノブのでっぱりも目に付く。ロータリーシャッターのチャージとスピード調整が目的だが、シャッターの前に配置して、構造のシンプル化を図っただろう。

剥き出しになっているアルミ合金の外観も印象的。いまとなって、腐食や汚れの多い個体がよく見られるが、当時では綺麗に磨かれたアルミ合金の放つ独特な光沢に、メッキにない魅力を感じたひとも多かっただろう。

このカメラはとても頑丈、すこしでも凹んだ痕跡のある個体は見たことがない。アメリカ人のカメラに対する考え方がつくりに反映されているかもしれない。対極にあるのは、たとえば名機 ローライ 35。凹んでいないローライ 35 を探すのに苦労する。

レンズの交換できるところが評価ポイント。見つかることは難しいが、標準の35mmレンズ以外に、望遠レンズ 75mmと125mm もつくられていた。独特なスクリューマウント。回せば簡単に交換できる。

<スペック>
型 名 ユニバーサル社製 マーキュリー II (モデル CX)
     Universal Mercury II (Model CX)
生産国 アメリカ(1946年)
フィルム 35mm
レンズ Tricol 35mm F2.7、コーティングあり。レンズ交換可能。
シャッター ロータリー式、T・B・1/20~1/1000秒、シンクロ付。セルフコッキング。
距離合わせは目測式。フィート距離目盛。
露出計なし。
フィルムメモや露出表は裏蓋についている。
フィルムカウンターのリセットは手動で回すタイプ。

巻き上げノブは正面に位置するが、回せばフィルムカウンターも一緒に回る。

シャッタースピードノブが回転するので、ライカと同様、巻き上げてからスピードをセットする。奥に少し押し込んで回すのがコツ。

では使い方の説明。

<使い方>
底カバーの左端のボタンを押すと裏蓋が開く。巻戻しノブを上に持ち上げて、フィルムを左スペースにセットする。先端を右側のスプールに挿入し、裏蓋を閉める。フィルムカウンターを手で回しリセットする。

巻き上げノブで巻き上げて、シャッタースピードをセットする。絞りリングはレンズの周りにある。

被写体までの距離を目視で決め、レンズ周りの距離あわせリングをセット。フィート目盛なので、メートルからの換算が必要かもしれない。

トップカバーの右肩にあるレリーズボタンを静かに押すとシャッターが切れる。回転音が聞こえる。

巻戻し解除ノブが正面にある。レンズの下にあるそれを半回転させて、Rewindに矢印を合わせる。巻戻しノブを回して巻戻す。
</使い方>

使ってみて判るが結構重いカメラ。シャッターの回転、スピードノブの回転、巻き上げノブの回転、視覚や聴覚にいい刺激を与え、楽しい。

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