どうせゴミなら、F100のほうがいいと言ったところ、速くも送られてきた。

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残念ながら、所詮ゴミなので、バッテリーホルダーMS-12は欠品。新品でも売っているが、ゴミに千円出す価値はあるか、悩むところ。取り敢えず、ジャンパ線をバッテリー室の奥に繋いで、外付け電源から6Vを与えたら、動くことが分かった。マイナス電極は1箇所。プラス電極は2箇所、本体用とファインダー用。

専用のモード設定ダイアルがなく、少し戸惑った。慣れると問題なさそう。噂通り、シャッターの音色が美しい。全体的に多少の傷がついていて、バッテリー室に腐食跡がみられたが、大事に使ってあげたい。

<追加>
 遊んでいるうちに、電池マークが点滅するようになり、シャッターが押せなくなった。理由は分からないが、電気系統が故障しているかも。バッテリーホルダーが外されたことも、それとの関連か。様子をみて、返品するかな。縁がない。フィルムカメラに関し、唯一の心残りであるF100との対面がこんな形で終わるのは想定外。

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防湿庫から、また1台が出てきた。とっくの昔に処分したはずなのに、不死身のように防湿庫の奥に眠っている。2CR5というバッテリーを使っているが、すでにバッテリー切れ。ジャンパー線で6V電圧を加えたら、まだ生きていることが分かった。

この機種は完璧にゴミ扱いになっている。バッテリーのほうが高価、あるいは、フィルムのほうが高価という現実を直視すれば、分解して、パーツ取りにしたほうが良さそう。名門のミノルタはカメラ部門をすでにソニーに売却済、オートフォーカスの技術を実用化したのに、デジカメの波に淘汰された。

28~105mmズームレンズとの組み合わせで、写真を撮るにはそれほど問題があるわけではないが、操作性が悪く、自分にとっても使う予定がない。

可哀想。。。

アマチュア無線局が開局し、暫くは運営、CWの猛練習に励む。ハードの収集は一段落かな。置くスペースがないのが現実。

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少し暇になり、防湿庫を整理してみたら、古いフィルムカメラ Nikon F80が出てきた。バッテリー切れになっているが、フィルムはまだ中に入っている。最後に撮影したのはいつだろう。10年前かも。

ヤフオクをみたら、2千円で即決落札可能。世間にはゴミだという認識か。どうせゴミ同士なら、最終機種のF100に取り替えたい。

でも当時一生懸命働いてくれたので、デジカメよりも愛着している。一枚一枚慎重に構図や露出を決めて撮影するなら、フィルムも悪くない。プリントしてアルバムにすれば、思い出になる。

単3電池4本を取り替え、レンズをつけたら、軽快に動き出した。軽いし、ファインダーは見やすい。フィルムカメラ時代に別れを告げたこの1台にまだまだ活躍の場面がありそう。

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手元にたまたま残っているカメラの一台。型番が分からないが、ドイツ KING KG社製 Regulaシリーズのひとつ。あまり見かけない一台だが、中級品のカメラ。

KING KG社は1951年、ドイツのBad Liedewzell地方の元時計メーカーであったキング氏が創設したカメラメーカー。多種類の中級カメラを製造してきた。中でもこの KING Regulaシリーズが主製品だった。1984年にディスクカメラに手を出したために失敗し、カメラ業界から撤退したらしい。

このカメラ、貼り革は一部剥がれているが、クロームメッキの質はよく、まじめにつくられた、ドイツらしいものだ。

距離計は非連動タイプだが、内蔵されている。軍艦部左側、巻き戻しダイアルの下部にある、フィート目盛りのダイアルを回すと、ファインダー内の2重像が連動して動く。距離合わせが終わったら、その値を手動で、レンズフロントのリングを回してセットする。ややこしい手順ではあるが、外付け距離計の内蔵化と思えば理解できる。

簡易露出計もファインダーに内蔵されている。1~6までの数字があって、軍艦部背後の右側窓から覗き、適切な明るさで読み取れる数字が明るさを表すのだ。正面の真ん中、細長い枠がその採光窓。しかし、その数字(LV値)をどうやって絞り値やシャッタースピードに換算するか、対応表はカメラに記されていない。

シャッター PRONTOR-SVS、B, 1~300、シンクロ V, X, M付き。絞り 2.8~16。絞りとスピードは別々にセットする。

レンズ Cassar 45mm F2.8、コーティングあり。

フィルムカウンターは手動でリセットする。巻き戻しロックレバーは底蓋にある。

撮影に必要な機能は一通り備えたカメラだが、当時の日本製カメラに対抗する力はもってなかったと思う。

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手持ちのこの一台は、シリアルナンバー 484316。Leica Pocket Bookによると、1949~50年に製造された Leica IIIcというものだ。

ライカ IIIcの最大の特徴はダイキャストになったこと。それまでの板金製だったボディが堅牢で加工しやすく、再組み立て時精度を出しやすいアルミ合金ダイキャスト製に変わった。ただ、サイズが幅が2.8mm、高さが2mmと大きくなり、カメラの分解もやりにくくなってしまった。

しかし、底蓋のメッキ剥がれからも分かるように、品質に問題があった。しかも、この現象はこの一台に限らず、当時つくられたものによくみられる。

第2次世界大戦が1945に終わり、ライツ社が外貨獲得のためにも、ライカの生産を再開した。しかし、資材の欠乏等の理由で、戦前の品質まで復活できなかった。また、伝統的なグッタペルカではなく、シャークスキンと呼ばれる縦皺の革張りになっていた。

ライカを買うなら IIIf か、戦前のものいいよ、そういわれるゆえんがそこにある。

でも、戦後ドイツの苦難を象徴するためにも、自分はあえてこのライカをも大事にする。ライカにも品質の良くない時代があったことを皆に伝えたい。

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1965~1969年に発売された、キヤノン社製レンジファインダーカメラの最高峰 Canon 7S。製造台数は約19,000。

これをもって、戦前の標準型(ハンザ・キヤノン)に始まる、キヤノン社製レンジファインダーカメラの歴史は、32年間という時を刻み、終焉を迎えた。その後、キヤノン社は一眼レフカメラの開発・製造に転向して、記念モデルを含め、2度とレンジファインダーカメラをつくることはなかった。

最大の特徴はCds露出計を内蔵したこと。電池を使うことで、いまとなって、多くのひとに嫌われている。いずれ故障するからだろう。そういう意味で、ライカは最後まで、露出計をバルナックライカに内蔵させなかったことが正解だったのかもしれない。

ファインダーは大きく、非常に明るく、数あるライカコピー機のなかでは最高の出来だろう。ブライトフレームが35mm, 50mm, 85(100)mm, 135mm 焦点に対応し、軍艦の左側にあるダイアルで4段切り替える。また、ファインダーアイピースは大きく覗きやすい。その右にはダイアル式の露出計スイッチと、押し込むと露出計が作動する測光ボタンが配されている。

1軸不回転式シャッターダイアル、レバー式巻上げ、クランク式巻き戻し、裏蓋のオープンによるフィルムカウンターの自動リセット、使い方は現代カメラとなっている。なお、シャッター幕は金属製、耐久性に優れている。

「50mm F0.95」という現在でも民生用として最も明るいレンズを装着できる。

60年代後半の製造でもあって、いまでも露出計を含めて、手持ちのこのカメラは完動の状態にある。

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1958年製の中国ライカコピーカメラ 上海 58-II を紹介したが、その時期の日本ではどういう事情なのかを書いてみる。

上海 58-II は外観がライカに近いが、故障が多く、当初から騙し騙しでしか使えないのが実情だった。しかも、1958年からスタートした大躍進政策の大失敗によって、数多くのひとが飢えに苦しみ、カメラのような贅沢品をつくる余裕は全くなくなり、技術開発も製造もその後長らく停滞してしまった。

一方、日本では、ニコン社の名機 Nikon SPが1957年に発売され、キヤノン社も1958年にこの Canon VL を発売した。

Canon VLはバルナックライカ用のLマウントレンズはそのまま利用可能だが、すでにバルナックライカを機能面では大きく超えた。

フィルムの装填はいまのカメラと同様、裏蓋を開ける方式になった。装填ミスはこれでだいぶ減る。

シャッター幕はメタルに変わった。しわがつく欠点はあるものの、耐久性に優れ、太陽光による穴開くこともなくなった。

巻き上げはレバー式に変わり、分割巻上げも可能。また、巻き戻しクランクが付いていて、シャッターボタン周りのダイアルを回せば、いつでも巻き戻しが可能。

ファインダーが3段切り替え式。すなわち、RF測距用、50mmレンズ用、35mmレンズ用の3段。ビューファインダを別途用意しなくても、35mm広角レンズで撮影可能。しかも、ファインダーが大型で、クリアな視界が確保されている。

シャッタースピードは巻き上げ前でも、巻き上げ後でも設定可能になった。持ち上げて、インデックスバーに合わせておけばOK。

カメラの一部にグッタペルカではなく、革で覆われている。割れたり、ボロボロになることはない。

要するに、カメラについての基本知識があり、MF一眼レフカメラの使い方をマスターしたユーザでいれば、説明を受けなくても、使えるカメラになった。いわゆる、現代的カメラに変身したわけだ。

なによりも信頼性が極めて高く、50年後のいま、その間整備を受けなくても撮影可能で、Lマウントレンズを使うのに必要十分な個体が多い。つまり、Canon VLは使いやすく、耐久性に優れ、信頼に値するのだ。

Canon VLは発売後、Canon VILや、Canon 7, 7Sと進化していき、1965年にキヤノン社のレンジファインダーカメラ生産の終焉を迎えた。

こう比較してみて、1958年当時の中国が、技術開発や製品の信頼性等、あらゆる面で日本に大きく遅れをとっていたことは明らかだ。

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手元にこのカメラはないので、ネット上の資料を集めて紹介しておく。

各国ともライカコピーを沢山つくっていたが、中国にもバルナックライカのコピーである、上海 58-I 型(Shanghai 58-I)、58-II 型(Shanghai 58-II)の2機種、及び、M型ライカのコピーである、紅旗 20型 (Red Flag 20)があった。

上海 58-I 型は1958年1月、設立したばかりの上海照相機工場において生産された。名称の58は1958年の意味だ。また、このカメラは1938年製 Leica IIIb のデッドコピーだった。

製造年 1958~59年。製造数 1198台。公に販売していなかった。距離計に問題あり、間もなく58-IIに改良された。

シャッター 1~1000, B, T。沈銅式標準レンズ 50mm F3.5 テッサー型付。他のレンズはつくっていなかった。

偽上海 58-I がロシアで作られている情報があり、eBay辺りでの買い物にご注意を。

下の写真はネット上にあるもの。真偽の確認はできていない。

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下の写真は上海照相機工場の公式Webサイトにあったもの。本物の可能性は非常に高い。

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下の写真はライカコピーを扱う書籍の一ページ。上の2枚と微妙に異なる。

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下の写真は手持ち資料のコピー。シリアルナンバー 000003。試作機の一台だそうだ。

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中国の建国60周年に合わせ、手持ちの中国製カメラの代表機種2台を披露したい。

まずは、Rolleiflexのコピーである、二眼レフ(TLR 6×6)カメラ 海鴎(Seagull 4A)。中国では80年代までのカメラといえば、国産ではこのカメラを指すぐらい、代表的な機種であった(というよりも、ほかのカメラは技術的に大量に作れなかったのだろう)。自分が香港で、珍しさに釣られて1台目を購入したが、間もなく故障してゴミとして処分する羽目になった。いまのこの2台目は友人からのプレゼント。まだ完動のようだが、故障の多い機種であった。

いまでも後継機種が中国で製造されている。世界では新品で買える唯一の二眼レフになっているのかもしれない。

上海照相機工場製。4A-I 型。120フィルム使用。撮影レンズ HAIOU-31 75mm F3.5、Tessar型。ビューレンズ75mm F2.8。両レンズともコーティング有。シャッター B, 1~300、セルフタイマ付、X シンクロ付。セルフコッキング。

レンズ周りのメタルプレートはブラックペイントではないところが良い。

取扱書(PDFファイル)。

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