1958年製の中国ライカコピーカメラ 上海 58-II を紹介したが、その時期の日本ではどういう事情なのかを書いてみる。

上海 58-II は外観がライカに近いが、故障が多く、当初から騙し騙しでしか使えないのが実情だった。しかも、1958年からスタートした大躍進政策の大失敗によって、数多くのひとが飢えに苦しみ、カメラのような贅沢品をつくる余裕は全くなくなり、技術開発も製造もその後長らく停滞してしまった。

一方、日本では、ニコン社の名機 Nikon SPが1957年に発売され、キヤノン社も1958年にこの Canon VL を発売した。

Canon VLはバルナックライカ用のLマウントレンズはそのまま利用可能だが、すでにバルナックライカを機能面では大きく超えた。

フィルムの装填はいまのカメラと同様、裏蓋を開ける方式になった。装填ミスはこれでだいぶ減る。

シャッター幕はメタルに変わった。しわがつく欠点はあるものの、耐久性に優れ、太陽光による穴開くこともなくなった。

巻き上げはレバー式に変わり、分割巻上げも可能。また、巻き戻しクランクが付いていて、シャッターボタン周りのダイアルを回せば、いつでも巻き戻しが可能。

ファインダーが3段切り替え式。すなわち、RF測距用、50mmレンズ用、35mmレンズ用の3段。ビューファインダを別途用意しなくても、35mm広角レンズで撮影可能。しかも、ファインダーが大型で、クリアな視界が確保されている。

シャッタースピードは巻き上げ前でも、巻き上げ後でも設定可能になった。持ち上げて、インデックスバーに合わせておけばOK。

カメラの一部にグッタペルカではなく、革で覆われている。割れたり、ボロボロになることはない。

要するに、カメラについての基本知識があり、MF一眼レフカメラの使い方をマスターしたユーザでいれば、説明を受けなくても、使えるカメラになった。いわゆる、現代的カメラに変身したわけだ。

なによりも信頼性が極めて高く、50年後のいま、その間整備を受けなくても撮影可能で、Lマウントレンズを使うのに必要十分な個体が多い。つまり、Canon VLは使いやすく、耐久性に優れ、信頼に値するのだ。

Canon VLは発売後、Canon VILや、Canon 7, 7Sと進化していき、1965年にキヤノン社のレンジファインダーカメラ生産の終焉を迎えた。

こう比較してみて、1958年当時の中国が、技術開発や製品の信頼性等、あらゆる面で日本に大きく遅れをとっていたことは明らかだ。

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