泣くことは,赤ちゃんにとってはとても重要.赤ちゃんは泣くことで,不快感や空腹感を親に伝え,親子コミュニケーション手段のひとつとなる。しかし,親に長期間に渡って継続的に無視されると,赤ちゃんはやがて泣かなくなる。こうした状態が続けば、肉体的にも知的にも成長に問題が出てきてしまう恐れがあると言う.こういった笑うことや泣くことが極端に少ない赤ちゃんのことをサイレントベビーとも呼ばれている.

大人は涙を流すことで,ストレスを解消する.心に溜まっている感動や,悲しみを,涙という形で発散する.涙の少ない大人に,感動の回数が少なく,あるいは感動度が小さいというひとが多いだろう.つまり,そのひとの性格はある意味で,流す涙の量で計れるものかもしれない.

「涙には3種類ある」と言われ,目を保護するために常に流れている「基礎分泌の涙」,ゴミが入ったときに出る「反射の涙」,悲しい思いをしたり、感動したりした時に流れる「情動の涙」だ.このうち「情動の涙」を流す時に活発になるのが,気持ちを静める役割がある副交感神経の働きだ.「泣くことで緊張した気分やうっ積した気分が弱まり,ほっとした安らかな気持ちになるらしい.

見慣れない封筒がポストに置いてあった.

米国ニューヨーク某私書箱からのもの.開けてみたら,なんとGoogle Incからの小切手 (Check) ,100米ドルちょっと.学生時代ではバイト代として,小切手や手形はよくもらっていたものだが,外国からのものは記憶にない.

ここのブログの広告に対する謝礼だろう.

ブログの立ち上げ当初,実験的に色々と広告を入れたりみたものの,その後やる気なくなり,広告のスペースはそんなに取ってないはず.それでもチリが積もれば,ちゃんと謝礼はもらえるんだね.

現金化するには東京のCitiBankにもっていかないといけないかもしれない.面倒くさい.記念として取っとこうかな.Googleがつぶれる日まで.

悩みの少ない私でも,最近心のそこに違うなにかを感じている.

ひとの思いや気持ちを知れば知るほど,自分の力なさを知ってしまうものだ.いのちをかけてまっすぐにかかってくるそういうパワーに,ひとの知恵は脆いものだ.

人間ゆえの喜びや悲しみがなく,ロボットのように計算や論理だけで閉じる世界で過ごすことが幸せだろうか.

ひとりだけならともかく,大切なひとが多く係わるときに,自分はどうすればいいだろう.

時間という救い神が見守ってくれるだろうか.祈りの詩が彼方に届くだろうか.

ちょっとしたきっかけで,みんなでヤフーオークションに出品することになった.

ある種の都合で,自分のいままでのヤフオク経験をブログに書くことも,赤の他人に話すこともほとんどなかった.一時期(というよりも結構長い期間だったけれど)熱中し,多くの経験を積んできた.貯まった評価は2千点を超えた点だけを取っても結構ひとに自慢できるはず.

内気性,孤独性という一面に対し,ひとと関わり,満足させるもう一面の人格の表せだろう.

さて,ヤフオクからの経験でいえるのは,ひとに誠意を見せることで,結果的にひとから信用されることに繋がることだ.

傷や不具合,なにも説明しないよりも,きちんと写真に写し,文書で丁寧に説明するほうが結果的に高く売れる.また,当初は多少相場より安かったかもしれないが,信用の積み重ねで全体的に集計すれば相場よりも大きな利益が得られる.

商品に精通し,自分の知識を買い手の立場に立って克明に説明こと,それがものを高く売る最善の方法だと気づいたのだ.

人間関係でも同じことがいえるだろう.ひとを騙せるのは一回だけ,ひとの心を捕まえるにはまず自ら誠意をみせることは誰にもわかることだ.

結果は予測できないかもしれないが,打算したり駆け引きに時間をかけるよりも,素直にありのままを見せることにしよう.

家族以外に,ほとんどひとに見せないのが,自分の幼稚の一面.

甘えたり,甘い言葉をかけたり,褒められることに喜びを感じたリ,また,自分の子供と兄弟のように会話し遊べるところもその現れなのかもしれない.

私のわがままをなにもかも受け入れてくれる存在が傍にあること,それが私の人生の良かったところ.

その存在がいなくなれば,自分の人生はリセットすることになるが,いまになってその存在を取り代えることは不可能に思う.ここから長い歳月をかけてもこういう関係が築けるかどうかは不明だし,自分の生き方を変えることも難しい.

私の人生を理解したければ,私の人生のプロセスや人格も含めて理解してほしい.多くの欠陥をもつ一個人であることも.

皆で話をしてて,円周率Pi が3よく大きく,4より小さいことをどう証明すればいいか,そういう話になった.

東大の入試にも出た問題だけど,証明の方法に思いつく時間はあまりなくて,とりあえず4より小さいことを証明してみせた.

そのとき,ひとに,そういう証明によろこびを感じるか,と聞かれた.

確かに,Piの値はすでに既知の事実だし,そんな証明はほとんどのひとにはどうでもいいことなのだ.

自分がそういうくだらないことに興味を示したり,日常,プログラミングコンテストプログラムに異質ともいえるほど執念を燃やすことは,自分の変わった一面を反映しているかもしれない.

でも,その話の場でも言ったことだが,自分の周りのことすべて,仕事や生活すべてをどうでもいいと思うひとには,私はなりたくない.

音楽に燃えたり(萌えると書くのはご時世かも),スポーツに燃えたり,個人個人の好みが違うけれど,全身全霊を打ち込むなにかがあれば,時には大き
な自信と生きる力に繋がる.よろこびを感じるなにかがないと,落ち込むときやどん底に落とされたときに立ち上がる力も弱くなってしまう.

たとえば,自分の安定した職に羨ましがれることはよくあるけれど,自分にとっていまの職は天職とは思っていない.色々ひとに教えたり説明するのは苦手ではないが,どちらかといえば,ひとりで考えることがより好きだ.つまり,孤独性が求められる仕事が自分の天職だと常々思っている.将来それを支えられるのは自分のプログラミング能力や,ネット知識,あるいは,趣味を生かす仕事になると思う.

本人の場合だけかもしれないが,年齢が重なってくると,自分の心との会話ができるようになった気がする.

人によっては,冷静に考える力,バランス感覚,直感とかの言葉で形容されるものかもしれないが.

心からおかしいとの返事であれば,ほとんどの場合無理にやってもやはりいい結末に繋がらない.心が痛むのであれば,やはり後になって反省すべきことがほとんど.

しかも不思議なことに心が喜ぶことはあまりないようだ.よくてもそのまま進行していいよ,極めて冷静な答えしかもらえない.

熱中になって,感情的になって,気持ちがハイになったときに,心の声を聞くことにしている.落ち込むときも,迷うときも.

心とは,自分のなかに,もうひとりの自分のことなのか.私って,2重人格の持ち主なのだろうか.

謎だ,それは.

書きたいことが沢山あるのに,書けないでいる.恐れているのだろう,きっと.

自分に仕事もあり,ペット代わりのPC達もある.それでも時間が余れば,UVa問題を解いていればいい.そういえば,2,3ヶ月間は違う趣味に時間を割いていて,プログラミングのほうはサボっていた.最近,少しずつ調子を取り戻し,年末までにはもう少し頑張ってみることにした.しかし,これ以上ランキングをアップさせることは至難の技.

ただ,ある種の現実からいつまでも背を向けることは自分にも,周りの人にも良くない.傷つけるひとがいるかもしれないが,やはり早く決断を下すべきだろう.

相手になにができるか.原点に立ち戻って考えれば,自分の進む道ははっきりする.ひとの成長を手助けする以外に,自分にできることはあるまい.

「愛情って存在するのだろうか」.ひさびさにそんなことが聞かれ,笑ってしまった.問題の答えに早くたどり着きたいひとに対し,自分は答えが出るまでのプロセスを楽しみたいと考えていたが,そんな時間的余裕は残してくれない.

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やっと晴れてきたので,午後散歩しに出かけた.

ふだんの移動はほとんど車なので,健康やダイエットのために,散歩することが週課になっている.

新しいお店が出現してきたり,午後になっても餃子屋さんに行列ができていたり,昔よく行ったパソコン専門店が自動車ディーラーになっていたり.ゆっくり歩くと町並みの呼吸が判る.

研修センターを通りかかり,技術研修関連の各種コースは人気あることも判った.いくつか自分も受けたいコースがある.例えば旋盤の動かし方,若い頃短期間使ったときがあったが,もっと技術を研きたい.電子回路設計のコースもある.オシロスコープがまだ手元にある.あれこれ5年以上も使ってないけど,なにかを作ってみたい.デジタル時代にアナログの判るひとはますます珍重されるから.

そして,全く入ったことのない古本屋さんに出くわした.なかに中古のCDもゲームも置いてあるので,ブックオフのようなお店.アニメや漫画が大部分だが,ふつうの書籍は100円均一が多い.

第三の波,話を聞かない男・地図が読めない女,金持ち父さん貧乏父さん,なぜ世界の半分が飢えるのか.面白そうで読みたいものはいっぱいあるが,とりあえず今日はこれらを持ち帰ることにした.

ネットも良いけど,本を読むことも実に楽しい.墓場から宝を探して出し,実りの秋を過ごすことは心のダイエットには良いと思う.

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すこし変わったことが身近に起きている、この2週間に。ちょっとしたきっかけで沢山話し合うようになった。これまでの数ヶ月間、顔合わせはよくするが、多くシャベることはなかった。

不自由なく育てられたTSPは外見からもオシャレ大好き。数学に興味あることが意外だった。受験のために仕方なく勉強したひとが大勢いるが、暇になればWebサイトを開いて算数や数学問題を解くひとはまず知らない。ひとさまの前で数学ができるというよりも、数学が大の苦手、にしたほうが、可愛く思われる世の中だから。

とくに組合せ問題は大の得意だそうだ。私も対戦してみたが、勝ったり負けたり、いい勝負。しかし、TSPのこの才能、認めてあげるひとはいるのだろうか。