偽りのない人生を送るようと心がけているが、世の中はそんなものではないね。

昨日の小保方さんの釈明会見をテレビで冒頭の十数分間観たが、ただの茶番劇だと認識した。実験は200回も成功したというなら、昨日までの数ヶ月のうちに実験して、途中経過をビデオか写真におさめて公開すればいいじゃん。日時の証明としては、となりに当日の新聞朝刊を置くだけでいい。

涙や情けは科学の世界では要らない。プロセスと結果がすべて。それよりも、理研はダメだね。ガバナンスは全くできていない。ノーベル賞受賞者が理事長というのに。

昨日、反中たちの書いた文書を探していたうちに、人権民主化運動の内幕を暴露した本『民運精英大起底』をみてしまった。天安門事件のリーダーたちがその後、アメリカでどう生活しなにをやってきたか、などの内容だけど、全然ダメな連中だと著者が結論づけた。

人間として最低なひとたちばかりという。金のためなら、民主も人権もないらしい。台湾政府の助成金の欲しさに、あらゆるひどいことをやってきた。人権民主化運動のグループというか、党派というか、互いに争い、バラバラになってしまった。柴玲さん、王丹さん、ウアルカイシさん、魏京生さん、誰一人人間として尊敬できないという。

著者が中国政府よりのひとだから、真実は違うかな、と考えて、台湾ヤフーで「大陸民運分子」で検索したところ、似た評判でしかない。

真実は案外そんなものか。

ちゃんとした仕事をし、ちゃんとした生活をし、欲することなく、我慢することなく、偽りのない人生を送れるなら、それが最高の幸せだし、最高の人生だ。

相変わらず、作家のつもりで毎日書いているが、なかなか進まない。ネット環境がない代わりに、書籍が沢山あるので、面白そうなものを適当に手にとって読んだ。

趙無眠著 『もし、日本が中国に勝っていたら』、文藝春秋、2007年

140408.jpg日中戦争でもし日本が勝ったら中国がどうなるか、という歴史のIFを前提とした内容。反日ではないので、日本人に喜ばれるが、逆に中国では悪者にされている。

ただ、面白いことに、その訳の元となる中国語文書は、いまでもネットから無料ダウンロードできる。幻の論文との紹介が日本のネットに散見するが、当の本人は中国で堂々と作家生活を送っていて、書いたものはネット上にすぐに見つかる。一旦、アメリカで生活していたが、有名になるにはやはり中国でないと無理のようで、中国に戻っている。英語でこういう内容のものを書いたって、売れるはずはないから。

なにを言いたいかというと、実はいろいろな意見が中国のネット社会、あるいはリアル社会に存在するということ。そして、ビジネス(俗に言えば金)のためなら、なんでも書ける。反日で儲かるなら反日、反中で儲かるなら反中、人権で利益なるなら人権、利益駆動型作家、そういうひとが多いこと。

本書の最後に、日本が中国に同化されて、中国の一部になるとの、中国人にとってハッピーエンドで結んでいるが、現実を直視すると、考えは甘いと言わざるをえない。

参考例は韓国と台湾、そして満州。中国をよく知っているから、同化されず日本化するのは「もし日本が勝ったら」の結末だろう。日本語しか使わせず、学校教育も徹底した日本化、そこで使用する言語は日本語のみ。

清が漢民族に同化したのは、清が武力で中国を征服したからのであろう。それは日本と中国との関係では全く異なる。

結局13ページしか書けなかった。昨日提出して、1件落着。でも、折角そういうための長い休みをもらったので、集中して量産しないともったいない。

ということで、休む暇もなく、つぎを書くために書物をまた借りてきた。2週間で10ページぐらいのものができたらいいなぁ。

学生時代に何回か利用していた県立図書館にも行ってみたい。郷土資料が豊富という謳い文句を信じるなら、第14師団関連の当時の新聞記事等は見つかるかもしれない。ただ、徒歩には遠い距離(2キロ?)にあるので、自転車かバイクを確保したい。原付を買ってくるかな。消費税が上がったばかりで、買うタイミングとしては良くないけど。

名目上は新年度はじめからだが、実質本日から長い休みに入る。大学生以来のことだ。定年までは今回が一回きりの機会なので、有効に活用しないと後悔する。

今週の目標は文章のまとめ。催促された原稿は明日までに完成しないといけないが、それと別に20ページの文章をまとめ上げることが目標。良いスタートになれば、残りの時間についても自信がつく。

変わったことをひとつだけ記録するならば、自転車を修理に出したことだ。週末は近くの自転車屋さんも休みのようで、休み明けの本日にやることにした。故障箇所はタイヤの空気漏れ。自分で直そうとして道具等を用意して試してみたが、後輪タイヤ自体がすでにボロボロ、交換するしか直らない。自転車屋さんにお願いしたら、4千5百円かかるとのこと。自分で交換するなら千円ぐらい安上がるかもしれないが、タイヤを買いに行く手間や、後輪の場合はチェーンやブレーキ機構の取り外し等を考えると、直してもらうのが妥当だ。

新車でも1万円以内で買えることを考えると割高の気持ちは確かにある。

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読書についてはいつものことだが、新たに数十冊をブックリーダに追加した。いくら時間があっても読み切ることはないのがインターネットの怖さ。ただで手に入ることの恐ろしさでもあろう。それでも、読んで感動した書物があった。中国人の程浩さんの書いた「生と死の間」。程さんは20歳で死んだひと。生まれてから一度も自分の足で歩いたことがなく、「職業病人」と自称している。5歳まで生きられないと医者さんに言われたけど、なんだかんだで20歳までに生きていた。薬を飲み、本を読み、何かを書く、それが彼の日課だった。一時期、自暴自棄の生活もしたが、人生最後の3年間、やはり何かを書き、ひとになにかを与えようという信念で、沢山読書し、沢山書き残した。

人間は長生きできると思うと、なにもしなくても大丈夫だと返って安心する。しかし、明日にも死ぬと判ると、必死で時間を有効に使う。生命の長さは時間ではなく、なにをそのひとがしたによるのだ。確かな至理名言。

数学関連の書籍を1ヶ月間に数十冊つまみ読みしたけど、普通の書籍に関心がないわけではない。手元の iPad Air を活用して、電子書籍を探してきて読むことにした。なお、お金を出すまで読む気はないので、無料というのが大原則。

まずは内蔵アプリの Newstand。無料で読める新聞はほとんどないのが心外。The Wall Street Journal ぐらいしか見当たらない。多くの無料と謳っているものはインチキ。ということで、アプリ Newstand は削除しても良さげ。削除できないところが悔しいけど。

つぎは内蔵ブックリーダアプリのiBooks。無料で読む書籍は多く見つかるが、著作権の切れるものはやはり古い時代の書物に多い。また、科学関係は案外少ない。多くの日本語書籍は青空文庫と重複。

PDFファイルもiBookで読めるのがよい。PDFフォルダがコレクションにデフォルトで入っており、削除は許されない。そこで、昔につくっていたPDF形式の電子書籍数十冊をDropbox経由で、PCからDropbox、さらにiBookという転送手順でiBooksに移植完了。

App Storeのなかから、適当なブックリーダをダウンロードして試し、気に入らなければ削除ということを繰り返した結果、2つのアプリがいまのところでは残っている。一つ目は i読書、青空文庫リーダ。作者名別、作品名別で書籍を探すわけだが、検索機能が弱すぎる。Webブラウザでキーワード検索をして、良さそうな書籍を i読書で読むのが自己流。科学関係は大変少ないのが残念。死後50年以上の科学者が数多くいたけど、そこまで再入力して青空文庫に収めるボランティアがあまりいないことかもしれない。自分だったら、人類の共通財産を思うと、科学関連を真っ先に電子化したいけど。

科学関連の書籍だと最新ものがベストと考えるひとは多い。新しい見地がつねに発見され、追加されると考えられているからだろう。しかし、最先端の科学技術関連はそうかもしれないが、大学生までが読む、入門関連だと昔の本が逆にいいと思うものは実は数多くある。名著というものはやはり時代の洗礼をうけないといけないし、数学者高木貞治の著作物はいまでも超えられないと言われている。

それでも、青空文庫に明治、大正、昭和初期の名著が数多くあるのが強み。先人たちの考え、ものの見方を読むといつも感心させられる。

2つ目のリーダは中国語専用になるが、「必読歴史書」という名のアプリ。歴史書だけと思ってはいけない。書作権に非常に曖昧な国なので、あらゆるジャンルの本が読める。中国語だけというところは残念。

感動というか、事実をそれによって知った書籍を2冊紹介すると、まずは「温故1942」。内容は1942~1943年に中国河南省で起きた大自然災害。それによって、3千万人のうち300万人が飢死したという。樹木の皮を食べ、野草を食べ、人間までを食べる。自分の生きた子どもや死体を。当時の蒋介石国民政府はそういう事情は知らず、アメリカ記者の暴露記事によってやっと救済食品が配られたが、腐敗不正によって、被災民の手に実際に入った食料はほとんどないという。

もっとショッキングなのは、瀕死状態の数百万人を救済したのはなんと当時の日本軍だった。兵糧を放出して被災民を救済したのだ。当地の民衆が大感激し、国民政府の軍隊を武装解除した。「民以食為天」、倫理、道徳、ましてや民主主義等は、生か死か、一瞬ではなく、何ヶ月も続き日々の前にはなんの意味もない。その後の中国共産党の政権奪取した理由や、今日の中東革命の成功した要因等は、民衆の生活レベルという視点で理解すれば案外納得する。

2冊目は「量子物理史話」という本。量子力学についての一般者向け解説書。内容は確かめる必要があろうが、因果性を否定する不確定性理論、自然界の連続性を否定する量子化、存在とはなにかを根本から考えさせられる測量等、次々と科学の根底を覆すことが書かれている。光が粒子か波動か(電磁気学的には、電磁波は粒子という考え方はほとんどない)、アインシュタインとボーアとの論争を紹介し、現代物理の大混乱を指摘している。無限に対する現代数学の矛盾、量子現象に対する現代物理の困惑、いずれも現代科学の限界を示している。

いつもの年度末定年退職送別会を行った。つぎつぎと職場を去る同僚をみて、時間の無情さを感じずにいられない。退職者のひとりは1980年からの勤務。職場の昔を知る貴重な旧知がまたひとり減った。会議室が2階にあったことが話され、まだまだ自分が知らないことが多い。

仕事に対し、ひと一倍のの情熱は持っているところは習うべき。自分は25年勤務になればいつでも辞めて、好きなことをやりたい気持ちだが。2011年に永年(20年)勤続表彰をもらったので、あと何年働けばいいんだろうか。2年か3年?そんなバナナ。

昨日は3.11大震災3年目鎮魂の日。仕事が忙しく、3年間を振り返る余裕はなかった。月例会が終わり、年度末になるので、やっと仕事から暫く解放される。

10~20代はもてあそぶ時間があっても、お金はない。中高年になると、お金があっても、仕事に追われ、遊ぶ時間はない。高齢では、時間とお金はあるが、体が動けない。とよくいわれるものだ。

時間+お金+体力が必要なこととははなにか、解放されたいま、真っ先にやったほうが悔いが残さず、人生にプラス。

長い間購読してきた読売新聞を止めて、朝日新聞へチェンジ。ちょっとだけ進歩的文化人になればいいね。

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他国と違い、日本では新聞の種類が大変少ない。この宇都宮市では、地元紙の下野新聞、全国紙の読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞、産経新聞、計6紙ぐらいしか購読できない。その状況は少なくとも自分の知っている30年間はあまり変わっていない。あまりという表現を使ったのは、1994年までに地元紙栃木新聞があって、その後倒産したから。

ただ、配達サービスに関しては世界一だろう。未明の3時頃、玄関口まで新聞を配達してくれるし、雨の日には、袋でカバーしてくれる。この配達システムは購読者にありがたいが、結果的に新聞の新規参入に大きな障害になっている側面がある。

日本では、新聞のスタートは列車の開通、さらに電信の発明によって持たされた。購読者は遠いところに行くから、そこの状況を知りたかったし、発行側は遠く離れた記者の電信によって、当地のニュースが分かり、紙面の作成が可能になった。無線通信と新聞、元々は強く結ばれていた関係にあった。しかし、インターネットの普及によって、新聞がいま、駆除される運命にあろう。

ここに住んできてそろそろ5年になるが、こんな荒れた天気は初めて。大雪と強風で、バルコニーだけでなく、窓ガラスまでがメチャクチャ。

図書館で勉強する予定だったが、家でじっとするしかない。車はノーマルタイヤ、スリップする危険性が高い。家から見える範囲でも、交差点で立ち往生している車が何台もあった。

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<追加>
 強風に負けて、アンテナ台が2度倒れ、アンテナが曲がってしまった。ショック。強い風が吹き、風切り音が聞こえるたびに、「心驚肉跳」、そんな気持ち。