無梁殿よりさらに奥に進むと、朝にもかかわらず、多くの和尚さんや信者で賑やかな霊谷寺が現れる。霊谷寺は1500年の歴史をもつ大変古いお寺として知られている。

140502-20.jpg大きな筆に水をつけて書くひと。

140502-21.jpg整列して入り口で歓迎するひと。お寺というよりもデパートやホテルのようだ。

140502-22.jpg自分は信仰心がないが、多くのひとがお寺のお陰で生きていることは実感した。

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140502-24.jpg140502-25.jpg140502-26.jpg読経のリズムは着心地よく、その場に留めて長く聞きたいものだ。

南京旅行の二日目、4月29日は朝食を摂り、7時半出発。地下鉄2号線に乗り、バス遊2に乗り換え、鐘山に到着。霊谷寺、明孝陵、美齢宮等を見学できる共通入場券(100元)を購入し、まずは霊谷寺を参拝。

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140502-9.jpg中に入ると、日本で言う鳥居に似た、牌坊に出会した。日中戦争で犠牲となった国民党兵士を祀るところだ。「大仁大義」「救国救民」。思わず敬礼してしまった。

140502-10.jpg140502-12.jpg140502-11.jpgさらに中に進むと、無梁殿が現れた。共産党と国民党との関係はまだはっきりしていないためか、手入れはあまりされていないし、中は照明が大変暗かった。しかし、日中戦争で犠牲となった兵士を祀る場所として中華民国の国民政府はよく頑張ったと思った。多くの兵士の名前が壁に刻まれている。

140502-13a.jpg140502-13.jpg140502-14.jpg140502-16.jpg140502-15.jpg140502-17.jpg

無梁殿を出て、後ろの広い庭に、祈念碑をまた2本見つけた。上海戦で日本軍と戦って犠牲となった兵士を祈念するものだ。

140502-18.jpg140502-19.jpg140502-1a.jpg無梁殿内の壁に刻まれた内容や、周辺の牌坊や祈念碑が1940年代前の国民党によってつくられたことが歴史的に大変な重みを持っているし、日本と戦争までして戦った歴史を忘れてはいけない。

夫子廟で江南貢院を見学した。入場券25元。

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江南貢院は中国最大の科挙試験だった場らしく、2万人以上の受験生をいっぺんに受け入れることができた。

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140501-30.jpg140501-36.jpg科挙制度とは、隋朝(607年)~清朝(1905年)の1300年間中国で続いていた、試験によって誰も(年齢、財産、出身地、階級、民族は問わないが、女性は僅かな期間を除いて受験が許されていなかった)が地方や中央政府の官僚になれる制度で、いまの公務員試験制度のようなもの。とくに明朝以降、科挙制度のシステムが頂点を極めた。

明朝では、科挙試験は郷試、会試、殿試の3段階試験に分けられる。

郷試は地方試験、3年1回行われ、試験会場を「貢院」という。試験に合格した受験生を「挙人」といい、試験成績一番の挙人を「解元」という。

会試は全国試験、郷試の翌年に行われる。試験に合格したひとを「貢士」といい、試験成績一番の貢士を「会元」という。

殿試は会試と同じ年に、皇帝の目の前で試験がおこなわれる。試験に合格したひとを「進士」といい、試験成績一番は「状元」、二番は「榜眼」、三番は「探花」という。

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郷試で解元、会試で会元、殿試で状元でなったひとは大変珍しく、明朝では二人しかいなかった。

殿試の結果は皇帝の署名で発表され、状元は皇帝のお言葉を実家まで大々的に伝えられ、大変名誉あることだ。当時の知識人は状元になることを目指していたと伝えられている。

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カンニングを防ぐため、試験時に大変厳しいチェック体制が取られていた。下の写真のように、受験生のすぐ隣にトイレあり、監督官の目の前で用を足さないといけない。食事についてもひとつひとつ厳重にチェックされ、着る服装についても厳しい規制があった。

140501-35.jpg 展示された資料によると、江蘇省と浙江省が優秀なひとが多かったようだ。豊かな家庭が多く、古来から勉強する文化が出来上がっているからだろう。いまの大学ランキングをみても、南京大学、浙江大学は他の地方大学よりも評判が高いことで知られている。

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最後に、状元を取ったひとの答案を撮影した。1文字の修正もないことに注意しよう。1日をかけて、こういう小論文を書くのが当時の試験内容のようだ。

140502-a.jpg140502-b.jpg140502-c.jpg趙秉忠、字季卿、1573~1626年、山東省青州出身、漢族。明朝万歴26年(1598年、25歳)状元を取得。官職は礼部尚書(いまでいう尚書省大臣)。

総統府を後にし、「遊2」バスに乗り、夫子廟に向かった。

夫子廟は観光客でいっぱい、南京の最も賑やかなところで、上海の豫園ほどではないが、そんな場所。また、秦淮河がそこを流れ、孔子を祭り、科挙試験場「江南貢院」の跡地でもあった。

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140501-21.jpg140501-22.jpg遅い食事を摂り、お土産として名物の「南京塩水鴨」を購入した。

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荷物をホテルに置いて、最初の観光スポットである総統府に直行。バスで移動しようとしたら、運転手からひと駅だから歩いたらと勧められた。中山東路を東方向に30分歩いてやっと総統府に到着。その間、食事するところを探してみたが、良さそうなのが見つけられないまま、総統府に辿りついた。

総統府は中華民国(1912年~現在)が大陸での(国民)政府所在地。その間、1938~1946年は日中戦争のため、首都を重慶に移していた。しかし、1940年汪精衛によって、南京で再び国民政府が樹立された経緯があった。入場券は40元。

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歴史上、南京を首都とした王朝(政権)はいずれも短命に終わった(中華民国はまだ台湾で存命しているが、台湾が独立国家というのであれば、すでに中華民国はいつの間にか消滅したことになる。)。西安や北京だと数百年と長寿王朝が多かった。いまの中華人民共和国は北京を首都としたのも、毛沢東が歴史を精細に調べて選定したと言われている。果たして、中華人民共和国はいつまで持つのだろう。

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上記の入り口に当たる門を攻略した日本軍は日中戦争がそれで終わったと大喜びだったし、中国人民解放軍の先頭部隊が中華民国の国旗(晴天白日旗)を降ろし、蒋介石の国民党に勝利したと高々に宣言した。近代史を目にしてきた玄関口を見て、自分は感無量だった。

140501-10a.jpg140501-12.jpg中に入ると、建物がよく保存されていることに気づいた。敵だった国民党はいまは敵でもなく友人でもない関係に変わったが、国民の間では蒋介石や国民党は必ずしも悪い評判ではない。日本軍とよく戦い、日中戦争を勝利に導いたのは国民党による功績が大きいことが人気に拍車をかけている。

以下は大会議室と小会議室。

140501-13.jpg140501-16.jpg140501-17.jpg以下は蒋介石本人の執務室らしい。思ったよりも素朴。

140501-15.jpg建物を一歩出ると、散歩に適した和やかな南国風景が目の当たりに広がっている。

140501-18.jpgそのほかに、太平天国や、清朝時代の両江総督等、中華民国よりも歴史の古い記念館も敷地にあった。

総統府を見学して、中国語方言の豊富さに再認識した。観光客が大勢いるのに、喋っている言葉はほとんど聞き取れないから。ある観光客に聞いたら、浙江省東陽から来たとのこと。日本語の「ご飯を食べる」は、中国語の標準語では「吃飯」というが、東陽地域では「食飯」という。「食べる」は中国の南地方である呉音からきた漢字の当て字かもしれない。

昼食はまだ取っていないので、2時間見学して、急いでつぎの観光地に向かった。

4月28日朝7時半、南京へ出発。高速列車の発車駅は上海虹橋駅、そこまでは地下鉄を利用した。

駅は近年にできた新しい建築物。南京駅や上海駅(昔の上海北駅)に比べて大変機能的で、短期間に民衆の大軍を捌くのによくできている。

駅についたら、まずは乗車券をゲット。予約したものの、乗車券は駅で受け取らないといけないから。中国人は身分証を使えば自動発券機で簡単に乗車券をもらえるが、自分は窓口でパスポートを見せて往復の乗車券を発券してもらった。

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駅2階の出発フロアに上がると、乗車を待つ人でいっぱい。駅というよりも空港という感じ。両側に乗車口、真ん中の広いロビーに椅子が数多く置いてある。乗車口は発車時刻約15分前からオープン、発車時刻3分前にクローズ。

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乗車口がオープンすると、駅のプラットホームに降り、隣の線路に止まってあった中国版新幹線を撮影。2等席では、一列が3+2の5席。最高速度は約250km/h、上海から南京までの310キロを2時間で走破。指定席で運賃95.5人民元(約1500日本円)。日本の新幹線と同等な乗り心地とサービスなので、コスパは高い。

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南京に11時15分頃到着。その後宿泊ホテルに直行。ホテル「天豊大酒店」は新街口に位置し、地下鉄出口から20mのところにある。保証金700元が必要と言われたが、昼12時にチェックインできた。部屋は冷蔵庫なし、バスタブのかわりにシャワー室という中国風だが、隣り部屋との防音がダメ以外に、20mの広さで大きな不満はなかった。
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中国語が近年大きく変化している。昔の用語は意味が変わったし、新しい単語が多く作られている。

たとえば、「同志」という用語。中国語では相手を呼ぶのに、日本語で言う「さん」の代わりに、「同志」はよく使っていた。毛沢東同志、習近平同志、というのは流石に普段では使えないが、そういうニュアンス。しかし、近年、「同志」は同性愛同士を呼び合う用語にもなった。当然、文脈上、「習近平同志」は同性愛者という意味ではないが、昔ほど気軽に「同志」は使えなくなった。

新しい単語は数多く中国語に見られるが、多くは日本語のままの意味で使われている。

写真、親子、明細、料理(昔と異なる意味で使用されるようになった)、配送、人気、登場、攻略。

前回の記事で書いたように、はじめて中国Amazonを利用してラジオを購入したが、見事に失敗。届いた商品の液晶が壊れて、商品価値がほとんど失われた。

そこで、Amazonの規則に則って返品手続きした。しかし、3日経っても、売り手であるお店側からの連絡がない。

仕方なく、今度は賠償手続きを取った。5月12日までに結果がわかるとのことだが、どうなるのだろう。

140428-5.png<追加 2014.5.8>
Amazon.cn から証拠写真の提出が4月28日に求められた。しかし、そのメッセージに気づいたのが遅く、5月1日にやっとラジオを撮り直して、無修正のまま4枚提出した。本日、5月8日になって、賠償が下記のとおり、Amazon.cn に認められた模様。

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クレジットカード明細にはまだ返金が入っていないが、2、3日以内に入るはず。結果的にラジオ一台ただで手に入ることになった。しかし、液晶が完全にやられたので、液晶の交換をしない限り、使い道のほとんどないゴミだ。

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日本では毎年のように、中国経済は間もなく崩壊すると予測されている。実態はどうだろう。

たまたまチラシが配布されているので、注意深く見てみた。いま住んでいるところの周辺にある不動産の物件。すべて中古。最低額は31m2で97万人民元(約1500万日本円)、最高額は155m2で、598万元(約9700万円)。上海の不動産相場はまだよくわからないが、知人や友人に聞くと、チラシの価格は相場相当か、若干安いと言っている。宇都宮では考えられない価格だ。土地は国のものだし、中古なのに。宇都宮の中心部での新築でもその半値で買える。

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上海で不動産を2件持っていれば、日本で言う億万長者であることは間違いない。日本人がみな中流だと自慢する時代があったが、いまの上海はそういう時代かもしれない。革命を起こしたり、中国が崩壊したほうが自分にいいと思う中国人はどれほどいるんだろう。少なくとも上海ではそういう期待は現実でないかもしれない。

金融商品関連のチラシも入っている。正式な金融機関もあれば、闇の怪しいものもあるのが中国の特徴、いわば玉石混淆。よく知られている「平安銀行」の金融商品と怪しい金融商品を比較してみた。

140425-12.jpg平安銀行のほうは、最高が7.5%で、10万元を半年預けば、3600元の収益になる。リスクほぼなしなのに、日本では考えられない高収益。

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怪しいほうは、最高が15%、10万元を1年預けば、15000元の収益。しかし、上海のひとに聞くとやはりそこが怪しいとみんなが認識しているので、リスクを取りたくない老人達は遠慮しているようだ。

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2年前に購入したラジオ Tecsun PL-505 をお土産としてあげたが、もう一台が必要(自分用を含めて、本当は2台ほしいが)なことがわかった。近くのお店で探したところ、売値が300人民元を超えていた。

ネットショッピングが全盛の今頃、勉強のためにもネットでの買い物を実践したい。ということで、日本でお馴染みのAmazon (www.amazon.cn) を利用した。4月21に発注、その翌日に商品が発送され、昨日24日に到着。販売店が北京にあり、2日間の配達スピードは日本並に速い。また、色の選択はできなかったものの、売値は197人民元(3200日本円相当)で、ダントツに安かった。

140425.jpg140425-1.jpg商品は元箱の外にダンボールで包まれていて、配達による損傷はそれほど外観から感じなかったが、開けてみると、中の液晶表示部分がやられてしまった。電池を入れて聴いてはいないが、商品としての価値はほとんどないと判断し、返品手続きをした。

140425-2.jpgあとで友人に聞くと、Amazonではなく、易迅網 (www.yixun.com) がいいと言われた。自分が思うには、多少高くても、販売店はやはり上海のほうが良さげ。輸送距離が短い分、損傷の度合いが低くなるから。

さて、返品するのに、荷造りして郵便局(ちがう配達業者になるかもしれないが)に行かないといけないので、とても面倒だし、どういう結果になるか、不安だ。