本日は3連休の二日目、上海の郊外、シャー(にんべん「人」の下に「示」という漢字。「余」の字ではない。)山に行ってきた。

シャー山は上海市松江区に属している。山といっても、海抜99mしかない丘のような高さだが、上海のような大平原ではとても珍しいものだ。上海天文台がそこに建てたのも、少しでも高いことを利用しようとしたからだろう。

地下鉄9号線でシャー山駅で降りると、無料シャトルバスが沢山待っていて、数万人以上いる観光客を快楽谷という遊園施設に運んでくれた。

140502-50.jpg140502-51.jpgしかし、入場料は200元と高い上、自分はそういうところに興味がないので、そこから国家森林公園まで30分かけて歩いた。30℃近い初夏のなか、上海市内では見られないのどかな田園風景を満喫しながらの徒歩は最高だった。

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140502-5a.jpg山の手前に来ると、森林公園の入り口が見えた。入場料無料。

140502-53.jpgなかに入ると、すぐに長い階段が待っていた。登っても登っても階段が続くので、とても疲れる。後でわかったが、そこは東シャー山だった。

140502-54.jpg山頂を過ぎると坂道を下って西シャー山を登ることになった。西シャー山には天文台と教会があり、観光には良い。

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西シャー山頂の印。海抜99mとのこと。

140502-57.jpgそこから一望できた上海郊外。上海にある山はここしかないので、こういう風景を見ることは昔は珍しかった。しかし、いまの上海市内では、この山よりも高いビルが数十棟ある。

140502-55.jpg森林公園の西口に降り、92番バスの停留所まで歩き、そのバスに乗って、地下鉄のシャー山駅に戻った。本日の観光はこれで終わったが、公園の坂道で信仰心深い信者を見かけたし、天文望遠鏡の実物を見学できた。

中国は5月1日メーデーより3連休。どこに行ってもひとがいっぱいだが、豫園に行ってきた。

豫園は昔の上海城であった。80年代までは小回りだったが、現在は大きく拡張され、全部見るのは1日必要かも。工芸品や上海ならではのお菓子や食べ物が豫園に多いといわれている。

地下鉄10号線で豫園駅を降りて、少し歩くと豫園にたどり着く。出入り口が多い。

140501-60.jpg九曲橋が豫園の名物。

140501-61.jpgその隣の南翔饅頭店で小籠包を食べた。10個30元、高い。ひとがいっぱいで、撮影するのを忘れた。

140501-62.jpg間食として「寧波湯団」と「八粥飯」を食べた。

140501-65.jpg伝統的なお菓子と工芸品。

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お土産として、黄楊木(つげの木)でつくったくし(つげ櫛、40元)、懐中時計(20元)を購入した。

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南京駅で午後2時の高速列車 G7015号に乗車し、3時39分に上海駅に戻った。停車駅が少なく、走行時間は1時間40分と短縮した分、運賃は往路よりも4割高かった。

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中国は広いので、二度と南京にいくことはないかもしれないが、首都としての役割を何度も果たした南京は魅力的な都市だ。

高層ビルは多く立ち並び、都市全体が大きく発達したが、宗教・歴史・文化に触れたことがなによりだった。食事は上海とそれほど変わらないというか、上海料理の多くは江蘇省から伝わってきたのだろう。

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最後の観光スポットとして、玄武湖を選んだ。南京駅に近いのがその理由。南京博物院から地下鉄で移動。入場料無料。

140430-20.jpg140430-21.jpg玄武門は明朝時代の南京城の門のひとつ。そこをくぐりぬくと玄武湖が見えた。

140430-22.jpg140430-23.jpg南国風景を楽しみながら、南京駅まで移動して、最後の昼食を摂った。

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南京旅行の3日目。朝食を摂って、ホテルをチェックアウト。2泊の宿泊料は約450元(約7500円)。日本と違って、一人あたりの計算ではなく、一部屋いくらという計算のようだ。つまり、ツインルーム(二人部屋)だと、一人で泊まるのも、二人で泊まるのも料金は同じ。合理的に考えると中国のやり方は正しく、日本の方はおかしい。

午前中は南京博物院を見学。9時からのオープン。上海博物館と同様、入場料無料。

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パスポートを見せて、入場券をゲット。

140430-3.jpg昔のコレクションのほとんどは1949年蒋介石・国民党によって台湾に持ちだされたので、現有のコレクションはその後のものだろう。それでも、中国三大博物館のひとつといわれている。

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140430-4.jpg展示内容はともかく、敷地面積は上海博物館よりも広く感じた。

140430-5.jpg内部撮影OKなので、沢山撮影した。記事としては5点だけをピックアップしておく。

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歴史館と民国館を詳しく見て回った。

南京大虐殺記念館は午後4時半までなので、美齢宮からバス・地下鉄で急いで駆けつけた。入場料無料。

140429-40.jpg館内の照明が大変暗い。撮影禁止にはなっていないが、きれいな写真は撮りにくい。

140429-40a.jpg140429-41.jpg140429-42.jpg140429-43.jpg140429-44.jpg140429-45.jpg多くの経験者からの聞き取り結果がファイリングされているのが印象的。

140429-46.jpg本日の観光はここまで。沢山歩いたのでくたびれた。

夕食はしゃぶしゃぶ。食べ放題でひとり約120元。やっと満腹。

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バス専1線を利用して、明孝陵から美齢宮に移動した。蒋介石の夫人・宋美齢の名にちなんだもの。元々は国民政府主席官邸のようだが、蒋介石夫婦が住むようになって、美齢宮と呼ぶようになったとか。

140429-30.jpg入り口はそれほど見立たない。しかし、中に入ると流石の豪華さに圧倒される。乗用車が寄れるようにつくられている。

140429-31.jpg140429-32.jpg宋美齢専用車が展示されている。蒋介石夫婦以外に、警護要員、秘書、料理人、お手伝いさん(洗濯、掃除等)等も生活できるようになっている。

140429-33.jpg140429-34.jpg140429-35.jpg140429-36.jpg暖房や料理づくり、お湯沸かしに必要な石炭が建物のなかに備蓄されている。

140429-37.jpg蒋介石の執務室。

140429-38.jpg蒋介石夫婦の寝室、バスルーム、ダイニングルーム。

140429-3f.jpg140429-3d.jpg140429-3e.jpg140429-3g.jpg宋美齢はクリスチャン。その影響をうけて、蒋介石も信者になった。寝室の隣に、小さな教会があった。

140429-3c.jpg驚いたのは、大勢のひとを呼んでパーティする会場が備えられていることだ。

140429-39.jpgその一角でコーヒーを飲みながら、時空を超えて蒋介石・宋美齢との会話を妄想する自分がいた。

140429-3a.jpgベランダのづくりも最高。

140429-3i.jpg宋美齢は画家だった。腕前は確からしい。

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明孝陵の敷地に三国時代の呉国孫権の墓があったが、今回は時間の都合で探すことはしなかった。そのかわりに、孫権記念館を見学し、その歴史を再確認した。三国マニアにもお薦めの場所だ。記念館は入場料無料。

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孫権(呉国)は南京(当時の呼び名は建業)を首都としていた。歴史上、南京をはじめて首都にした孫権は南京のひとびとが忘れないだろう。

140429-24.jpg140429-23.jpg140429-26.jpg三国に関する資料。

140429-25.jpg140429-28.jpg南京を首都とした王朝一覧。

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中山陵からはまた観光バスによって、明孝陵に移動。明孝陵は元朝を滅ぼし、明朝を樹立した明太祖・朱元璋およびその皇后様馬夫人を祀る陵墓。世界文化遺産に登録されていて、中国最大の帝王陵墓のひとつ。

140429-50.jpg140429-51.jpg神道には、動物、武将、文官の石像が立っていて、陵を見守っている。

140429-52.jpg140429-53.jpg140429-54.jpg神道の最後に、霊星門があった。

140429-55.jpgそこからは霊園の主たる部分に入る。

140429-56.jpg140429-57.jpg金水橋、文武門、碑殿。

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明楼は大変立派なつくり。門内に約20m長の上り階段があり、馬乗りでも駆け上ることができる。

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しかし、享殿も明楼も記念品販売店に占領されていて、憤りを覚えた。入場料70元も取っているので、朱元璋の業績や明朝の歴史を紹介する内容にすることはできないものか。

最後に、明朝帝王陵墓の一覧を示しておこう。朱元璋の息子朱棣(明成祖)によって、首都を南京から北京に引っ越したことに注意しよう。

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霊谷寺からは観光バス(運賃5元)に乗って、中山陵に移動した。入場料無料。

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中山陵は中華民国の父と言われる孫中山を祀るところ。敷地面積は8万m2。5000年の中国歴史上、皇帝でないひとがこんなにも広い陵をもつのは孫中山だけかもしれない。

140502-31.jpg青い瓦は中華民国の国旗、青天白日旗から来る色だと思うが、清朝までの宮殿の瓦とは異なるその色づけが返って新鮮で上品に感じた。

なかにはいると長い上り道(中山陵では墓道という)が待っていた。

140502-32.jpg陵門をくぐり抜けたら、碑亭があった。

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そこからは長い階段があった。階段の段数は392といわれるが、実際に数えたひとによると405段だ。

140502-36.jpg140502-35.jpg階段の先は祭堂があった。「民族・民生・民権」という孫中山の提唱する三民主義が掲げられている。

140502-37.jpg祭堂のなかに、孫中山の像、さらに像の下に墓が置かれていると言われている。祭堂内は撮影禁止。

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祭堂から、入り口を撮影した様子。陵の広大さがよくわかる。

140502-38.jpg中山陵全体の手入れは大変よく、国民党にも共産党にも認められた孫中山の人徳によるものかもしれない。