国家的危機ともいうべき福島原発事故が起きても、核放射線の危険を訴える学者や技術者がとても少ないことが自分にとって驚きだった。京都大学助教(昔でいうただの助手)クラスの数人だけの非難が話題になっているが、東京大学の教授たちは政府擁護の発言をするか、沈黙を守っているだけ。原子爆弾被爆者二世といわれる長崎大学の某教授は、核放射能が全然問題なし、飯舘村でも安心して暮らせると講演し、NHKにもよく登場していた。民主主義国家にしては、誠に不思議な風景だ。

もうひとつ、不思議に感じたのは国際社会の沈黙だ。健康や原子力関係の国際機構は日本政府に対し、何の非難も問題視するメッセージも発することがなかった。中国に原子炉事故でも起きたら、袋叩きにあい、集中砲火にさらされるのだろうね。

ここに来て、やっと政府のなかから反逆者が出てきた。放射線許容量の問題で、内閣官房参与の小佐古敏荘・東京大学大学院教授が30日、以下のメッセージで痛切に批判して辞任した。

 「今回、福島県の小学校等の校庭利用の線量基準が年間20mSvの被曝を基礎として導出、誘導され、毎時3.8μSvと決定され、文部科学省から通達が出されている。これらの学校では、通常の授業を行おうとしているわけで、その状態は、通常の放射線防護基準に近いもの(年間1mSv、特殊な例でも年間5mSv)で運用すべきで、警戒期ではあるにしても、緊急時(2,3日あるいはせいぜい1,2週間くらい)に運用すべき数値をこの時期に使用するのは、全くの間違いであります。警戒期であることを周知の上、特別な措置をとれば、数カ月間は最大、年間10mSvの使用も不可能ではないが、通常は避けるべきと考えます。年間20mSv近い被ばくをする人は、約8万4千人の原子力発電所の放射線業務従事者でも、極めて少ないのです。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは、学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたいものです」

学者としての良心、いや、人間としての良心から耐えがたく、捨て身での辞任だったのだろう。20mSvという設定はキチンとして議論が重なった結果だと思っていたが、じつはそうでもなかったようで、原子力安全委員会が正式な会議を開くことなく、2時間で決まったとか。

あきれ返った内幕がどんどん暴露されるか。

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