宇都宮市が軍都と呼ばれた時期があった。

1904~5年の日露戦争に日本は勝利を納めたが、戦死者が数知れない状況下で、軍部は軍隊増強の計画を考えた。宇都宮に置かれた第14師団は、こういう計画に基づいて設置された。

1908年3月、移駐先遣隊として歩兵第66連隊が国本村(現在の宇都宮中央女子高)の新兵舎に入り、「軍都・宇都宮」が始まった。同年11月、第14師団司令部、歩兵第28旅団司令部、騎兵18連隊、野砲兵第20連隊、輜重兵第14大隊が、翌年5月、歩兵第59連隊が、国本村、城山村、姿川村に移駐してきた。その後、第14師団は、衛戍病院、兵器廠、糧秣廠、錬兵場、射撃場などを整備して、広大な土地が陸軍利用地となり、宇都宮は「軍都」として成長した。現在の、北は宝木の住宅地から南は中央公園に至るまでは「軍道」(現在の桜通り)で結ばれていた。

第14師団の配置は以下の通り。

  第14師団司令部・歩兵第28旅団司令部=現国立栃木病院
  師団長官舎=現宇都宮地方合同庁舎
  衛戍病院=現国立栃木病院
  歩兵第59連隊=職業能力開発促進センター・とちぎ福祉プラザ
  歩兵第66連隊=現中央女子高校、警察学校
  騎兵第18連隊=現作新学院高校
  野砲兵第20連隊=現宇都宮短大付属高校
  輜重兵第14大隊=現作新学院高校

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参考資料:「二荒山は炎の中に」飯田勝丈他、随想社、1992年

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