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ケンブリッジ大学の動物行動学者、リチャード・ドーキンス博士が唱えた説。遺伝子は利己的であり、また生物は遺伝子の乗り物に過ぎないということ。生物が子孫を残すのは、何も「子孫繁栄」が目的ではなく、DNA繁栄が目的ということ。DNAを残すことのみにDNAが存在し、その手段として「生物」を作り出したのだ。

だから、動物などにたまに見られる、一見、利他的な行動は、実際には自分の遺伝子をより残すための一戦略に過ぎないのだという。

ところで、利己的な遺伝子というと、まるで遺伝子が意思を持っているように感じられるが、利己的な遺伝子という言葉が意味しているところは、実際にそういうことではないと思われる。要するに、一見利他的であっても利己的な行動(自分の遺伝子を残すような行動)を取った遺伝子は、本当に利他的な行動(自分の遺伝子を残さないような行動)を取った遺伝子に比べて、淘汰の結果、多く残るようになるということなのだ。

博士はインタビューにこう答えたそうだ。

「あらゆる生命は遺伝子の乗り物として存在しており、遺伝子の生き残りのために存在していると考えることが出来ます。遺伝子はそれぞれの遺伝子のコピーを残すことを目的にその乗り物を動かし、その数を増やす方向に働くのです。

人類は遺伝子で見る限りは、生命の歴史の延長線上にあります。遺伝子には生き残るための情報が書き込まれていますが、これは初期の生命から人類に至るまで、さまざまに枝分かれはしてきましたが、基本的な部分は同じです。生きるための情報を作り出し、蓄積する極めて巧妙な装置と見ることが出来ます。

一方で、人類は脳という新しい情報装置が遺伝子とは別に進化を続けたわけです。その結果、あらゆる生命に働いてきた自然淘汰という法則に逆らうことになったのです。遺伝子とは別にこうした装置を持つことによって、人類はそれまでの進化とは別の道を歩き始めたのです。」

人類だけが、利己的な遺伝子以外に、「ミーム」と呼ばれている文化の伝達や複製を可能した遺伝子の進化を辿ったのだろうか。

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