日本のケータイは、ワンセグやおサイフケータイ、音楽機能やフルブラウザーといったように機能がてんこ盛りだ。一方のiPhoneは、iPodという音楽機能に加えて、YouTubeやGoogleマップなどのインターネットコンテンツに対応している程度に過ぎない。機能でいったら日本のケータイが圧勝のはず。しかし国内メーカー関係者のほとんどは「悔しいけれど、iPhone はすばらしい」と白旗をあげた。

例えて言うなら、日本のケータイはリフォームを繰り返した、築何十年の注文住宅なんだ。どんなに内装や外装は変えられても、基本構造の梁や柱は変えられない。一方のiPhoneはオール電化でバリアフリーが完璧のデザイン住宅。どちらが住み心地がいいのかなんて、一目瞭然だという。

日本メーカの技術担当者は、iPhoneには、物作りに対する強い信念を感じる。タッチパッドや機能などを表面的に真似しても、iPhoneを超えるものはできない。開発者の信念がこの製品を作り上げたような気がする、という。

物づくりに対するこだわりというか、哲学がiPhoneにあることだね。たとえば、ボタンはホームボタンひとつだけ、ほかはすべてタッチパネルによる操作。そういう発想はやはり素晴らしい。

電話やケータイに多くの機能を詰め込むという日本流のアプローチに対して、iPhoneはPCに通話機能を持たせるというアプローチ。ちょうど、ソニー元社長はテレビにPC機能を取り込み、IT社会の将来を展望していたのに対し、米国ではPCにテレビ機能を持たせることを考えていた。

何十年も頑張ってきた日本国内のケータイ開発技術者にぜひ頑張って、iPhone以上の素晴らしいものを作って欲しい。iPodの二の舞にならないように。

Comments are closed.

Post Navigation