「愛憎」という言葉があるように、愛と憎しみが一対の言葉として扱われている。しかも、憎しみという感情の中には、本人が意識しているかいないかにかかわらず、実はまだ愛が存在しているといわれている。

それにほとんどの場合、憎しみという感情は、相手が本当に嫌いというよりも、「 相手に自分をわかってほしい 」 という気持ちからきているのかもしれない。

8ヶ月間。短いようで長く、いまだに一部一部が鮮明に記憶に刻まれている。何千通にも達したメールの数々。それは心を使って、相手の価値観を理解し、相手の存在を認めたものだったと思う。

マザー・テレサの言葉。「 愛の反対語は憎しみではない、無関心です 」。時間に連れ、記憶が薄れ、関心がなくなる。それも終着駅のひとつだろう。


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