ゼロとはなにか。

広辞苑では解説として、1.(数の)零(れい)。2. 零点。零度。3.(数・量・価値などが)全くないこと。皆無。の3つが書かれている。

2番目の零点、零度としての解説はなぜそこにあるか、不思議に思ってしまい、さらにまた調べてみた。

零点 → 1. 得点のないこと。2. 計器で目盛が0の点。セ氏温度計で氷点の称。
零度 → 度数を計る、起点となる度。

なるほど、ゼロの説明に戻すと、目盛の基準・基点という意味のようだ。

となると、ゼロとは、
  1. 数としての零(れい)
  2. 目安(目盛)の基準・基点
  3. 数・量・価値などが全くないこと
という意味。

2番の目盛の基準・基点として、近代では確かにゼロがふつうに使われているが、歴史上1を基準として考えていたこともよくあった。もっとも身近な例は年代。

紀元1年、平成元年、平成1年はあるが、紀元0年、平成0年はない。紀元0年はふつう紀元前1年という。

また、中国では生まれて2日しか経っていない赤ちゃんが2歳と数えられるケースがある。この場合は数え年が使われている。

メモ: 数え年とは、年齢の数え方の一つ。生まれた時点を「1歳」とし、以降1月1日を迎えるたびに1歳加えるという方法。単に数えともいう。

つまり、数え年として年齢を数えると、生まれて一日目に、1歳になる。つぎの2日目が元旦(中国では昔は旧正月)であれば、一気に2歳になるわけだ。

平成元年の初日が1月8日だったので、大した問題ではなかったが、初日が例えば12月20日であれば、10数日経てば平成2年になるのと同じ理屈。そう考えれば、二日間たっただけで2歳と呼ばれても不思議ではない。

さて、基準・基点としてのゼロの意味ははよく考えれば、それは定義の問題に帰着できる。つまり、基準・基点一旦決まればいいわけだ。

問題なのは1と3との区別。つまり、存在しない意味でのゼロと、存在しているが量・数としてのゼロとの区別。

例えば、試験にまったく出席していない場合の試験点数と、試験に出席したが、零点しか取れなかった試験点数との違いはやはり区別しないといけない。

両者の違いを言葉では区別され、片方を欠席と呼ぶわけだが、数字のみを扱う場合多くのケースでは区別しないで扱ってしまう。

例えば、点数をExcelやデータベースではふつう数値型として考える。これでは欠席扱いができなくなる。正確に欠席を表すのであれば、もうひとつの項目(フィールド)を立てるしかない。

記号としての0に一旦直されると、本来のゼロの意味を問うことができなくなるので、多くの哲学の問題や数学での多くの難問に繋がってしまう。

哲学的思考はここでは考えないことにしても、数学での0は確かに唯ひとりの異端児だ。プログラムを書く際もつねに0で割ることを恐れ、習慣としてチェックするようにしてある。

数学では、演算不可能を可能にすることで、自然数を負数(減算を可能にするため)、整数を分数(除算を可能にするため)、有理数を無理数(開平を可能にするため)、実数を複素数(2次方程式を解くようにするため)に拡張してきたが、唯一つ可能でない計算はいまだに現在の数学に存在する。ゼロでの除算。

  1/0

はなぜできないか。

0をかけて1になる数xが存在しないから、計算できないという説明はよくある。

0x = 1 になる x がないから、1/0 はできないというほかの説明では、例えば時間・速度=距離の例もあったりする。

しかし、虚数(複素数)がなぜ生まれたかを考えれば理屈としてその説明はおかしいと考えざるを得ない。どんな実数も、自乗(2乗)すればゼロかプラスになるので、虚数にならない。だから虚数は必要ない、という考え方では、虚数の存在意味は理解できなくなる。

また、ある雑誌の特集では、1/0 = a と置き、1 = a * 0 = 0 となり、だから、1/0 をしてはいけないというふうに説明されている。しかし、aとはなにかが問題。定数のような考えでは当然矛盾するけど、無限大とかふつうの定数ではないaであれば、矛盾でなくなる可能性もここで敢えて指摘しておきたい。

また、微積分のように、0に無限に近づく考え方では、1/プラスの無限小=無限大、1/マイナスの無限小=マイナスの無限大となるので、1/0は定義不可という解説もあるが、それにも全く同感できない。特異点としての0の側面はその説明でわかるが、1/0が定義不可との結論にはならないと思う。

結局、1/0 を可能にする存在理由はどこにあるか、可能にするとしたら現存する数学体系と矛盾は生じないか、それらのことが判ることがすべてだと思っていまうのだが。

ゼロとはなにか?私にいまだに判らない。

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