世界全体が停滞してしまったいま、特定の国を攻撃したりすることは容易い。そういうデータは目をつぶっても見つかるから。アメリカの不振、日本の原発事故と放射能、中国の不平等。だから終りの始まりとか言ったって、世界全体が終るので、喜んでもしょうがない。

しかし、反省とか真剣にやる気運が国全体を覆うなら、大きな力になるのかもしれない。相手国を攻めるのではなく、自国の問題を見つめて解決策を考える。この点、謙遜の野田首相に期待したい。

以下はネットからの引用。自分もそういう反省をつねに心がけたいものだ。

引用
 私たち中国在住の日本人は、中国人の前では、「日本人を代表している」という意識が常につきまとっている。いや、この意識は、中国のみならず、他の外国にいる日本人すべてに言えることかもしれないが、ことに中国は、日本に対する対抗意識や反発意識の強い国だから、ちょっとしたことで、私たちはその矢面に立たされる。
 日本のマスメディアは、中国の秘密主義を徹底的に叩く。SARSが流行した時も、感染の実態を隠したとして、相当強く非難していたし、平和活動家や人権保護活動家などが拘束されたりすると、間違いなく報道する。日本はガラス張りの国家であり、言論も芸術も……国家そのものが自由なのだ、と暗に主張している。少なくとも、中国人の目にはそのように映る。
 それなのに、今回の原発事故の対応のまずさが、そのイメージをいっぺんに崩した。お前ら日本人は、中国を叩く権利があるのか。日本人だって、隠しているじゃないか。民主主義が聞いてあきれる。いっぱしに先進国ヅラをしておきながら、一国の首相が寝ぼけた発言ばかり繰り返し、日本の「危機管理」や「平和主義」なんて、単なる幻想だったじゃないか。これまで「危機的状況」に陥ったことがなかったから「危機管理」なんて言葉を使えたにすぎない。これまで「平和」だったから、のんきに暮らすことができただけじゃないか。
 日本政府のこの体たらく。日本人としての「面子」は無いのか、と声を大にして言いたい。そして、国民一人ひとりが、もっと厳しくあるべきだ、と心の底から思った。私たちは甘かった。甘やかされて生きてきた。この国を守るのは、私たち自身だという自覚に欠けていた。今からでも遅くない。私たちは、もう一度スタートラインに立つべきなのだ。

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